日本は真の多文化共生を迎えられるか 〜高橋史子先生(教養学部)〜

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初めに

今回訪問したのは、教養学部/大学院総合文化研究科 高橋史子先生です。
先生の情報はこちらから!!
 
メンバー(1年|文科三類→教育学部比較教育社会学コース内定)
私は中国出身の留学生で、先生の「アクセンチュア×東大」ゼミナールを受講していました。「日本の就職活動において多様なバックグランドをもつ留学生が日本人学生と同じように振る舞ったほうが評価されると考える結果、留学生としての強みを発揮できなくなっている」という授業での先生のご指摘に強く共感しました。少子高齢化が止まらない日本ではこれからも外国人留学生や労働者の受け入れが活発に検討されると考えられます。
今回は、
「多文化社会を『強み』にできる学校・社会」
「日本人観」の研究
を中心に伺っていきます。
※他に移民やアイデンティティに関心がある韓国・中国出身のメンバー2人も参加しました。
 

多文化社会を「強み」にできる学校・社会へ

メンバー: 先生の研究者HPを拝見しました。その中で先生が仰っていた「多文化社会を『強み』にできる学校・社会」とはどのようなものでしょうか。
 
先生: 私が考えているのは、日本にいる外国出身の方や移民世代を全員「日本人」化するよりも、すでにある多様な強みを資源として生かしていく社会や学校です。日本の多くの学校では多様なバックグラウンドをもつ生徒もみんな「日本人」になることを求められがちです。基本的にはみんな日本語で勉強をしていて、学校のカリキュラムも全て日本式で、移民のコミュニティが日本の社会、文化に貢献してきたにもかかわらず移民コミュニティの文化を学ぶことがなかなかできません。
 
また学校での言語と家庭での言語が異なる家庭も多いですが、継承語教育の機会もほとんどありません。このような環境でアイデンティティの形成に困難を抱える人もいます。更に移民第二世代の子供たちが日本語を習得すると、日本語がまだ十分に話せない親世代が子どもを頼り、親子関係に葛藤が生じたり、子どもが親の助けを借りずに様々な問題に対処せざるを得なくなったりする恐れもあります。
 
メンバー: 日本の学校や社会は、この課題を克服するためにどのような努力をしているのでしょうか。
 
先生これまで学校単位、地域単位で様々な試みがなされてきました。
 
例えば在日コリアンの場合は大阪に歴史の長い民族学級があり、そこでは在日コリアンの文化を教える授業が設けられています。日本社会における在日コリアンの経験について学ぶことができ、差別に負けず自身のアイデンティティや文化を肯定的に保つための努力がなされています。その他にも、都立の定時制高校ではネパールや中国などさまざまな国から来た学生に向けた就職ガイダンスが行われたこともあります。ネパールや中国出身の生徒たちが卒業後に日本で就職したくても、日本で生まれ育った人との間には情報格差があります。こうした情報格差を減らすため、NPO団体と協力し知識や情報を提供をするガイダンスが開催されたのです。そこでは外国籍の人を採用する企業の情報や英語で学べる大学コースの情報が提供されていました。
 
こうした課題を克服するため、今後更に、教員が多様なバックグラウンドを持つ児童・生徒や保護者への対応方法を身につけていく必要があります。
 
メンバー: 日本の学校教育現場で行われている「国際理解教育活動」も先ほど先生が仰った取り組みと似ている気がします。
 
先生: 確かに異なる文化的背景を持つ人と共に生きる姿勢を養う点で似ていますが、「国際理解教育活動」は同質的な「日本人」を前提として「国際的な『日本人』」を焦点化してしまうこともあります。今の日本社会では、外国にバックグラウンドを持つ人々を一時的に滞在する「労働者」として見る傾向があり、長く日本社会に暮らしている「生活者」としての見方が弱いのかもしれません。
 
メンバー: 確かにそうですね。私の出身国である韓国も、日本と同じように「単一民族思想」が強いという共通点があります。だからこそ、移民をただ「社会の外の問題」として自分たちとかけ離れていると見なしているように思います。そういった側面は、特に少子高齢化という「課題」が浮上してから更に明らかになった気がします。
 
先生: まさにその通りです。韓国も日本も、伝統的に「民族の単一性」を誇りに思ってきた一方(ただし、日本社会には古くからさまざまな人が住んでいますので「単一民族神話」と言われています)、少子高齢化という差し迫っている「問題」の解決のために、急激に移民を受け入れつつあります。
 
ここで問題となるのは、あまりにも少子高齢化だけが浮き彫りにされ、移民の文化的背景や人権状況には目を向けず、「移民=労働力」といった見方に偏ってしまうという点です。移民の受け入れを少子高齢化の枠組みから語ることも必要ですが、移民を「労働力」として見るのではなく「生活者」として捉え、当たり前の人権を守るという視点を忘れてはいけませんよね。
 

「日本人観」とのつながり

メンバー: 先生の論文「誰を「日本人」らしいと見なすのか−多文化社会におけるナショナルアイデンティティと教員−」も拝読しました。先生は「多文化社会」の他に、「日本人観」という言葉もよく提起されています。この「日本人観」に関する研究は「多文化社会を『強み』にできる学校・社会」の形成とどのように繋がっているのでしょうか。
 
先生: この論文の中では先行研究に基づいて、日本人観を民族的日本人観、市民的日本人観、そして文化的日本人観の三つに分けて考察しました。社会はすでに多様であることを考え、「外国人」を「外」の人のように捉えず様々なバックグラウンドを持つ人が日本で権利を持っていることを強調する時、やはり市民権的な発想が必要になります。この考え方に基づくと、アメリカで「〇〇系アメリカ人」と言うのと同じように、「〇〇系日本人」というような捉え方が可能になるでしょう。
 
つまり、色んなバックグラウンドの人が日本で権利を持っているということになります。今の社会はすでに多様なのですから、こういった市民権的な考え方も多様なアイデンティティを捉えるうえでは重要ですね。
 
メンバー: 「アイデンティティ」という言葉には様々な使われ方があり、厳密に論じるには定義が必要だと思います。先生は多文化教育の文脈において「アイデンティティ」をいかに定義しているのでしょうか。
 
先生: 確かに明確に定義しないと、議論はしづらいかもしれません。分析を行う際にはどうしても定義しなければなりませんので、その人が自分を何者と思うか、どのコミュニティに帰属意識を感じているかなどを重要視しています。ただ、アイデンティティというものを強く意識している人もいれば、そうではない人もいます。普段はアイデンティティについて意識することはなく、新しい環境に身を置いて初めて気づくということもあるかもしれません。全員が必ずもっていなければならないものでもないですし、その時その時で自分自身をどう捉えるかは変動するものでもあると思います。だからこそ、調査の過程では特にアイデンティティを動的な概念として捉えています。例えばアンケートなどで対象者にアイデンティティについて答えてもらう時には、それが常に変動することを念頭に、状況に応じてどう分析するべきかを考えています。
 
メンバー: 先ほど「日本人観」について先生にお聞きした時に、アメリカ人観との比較の話も紹介してくださいました。多文化社会を考える際に、このように比較の視点を取り入れることで何が得られますか。実はこれに関して、東大受験をした時も疑問を持っていたのですが、東大の教育社会学コースも「比較教育社会学」というコース名で、「比較」は結構重要視されているイメージがあります。
 
先生: そうですね、比較という視点はいろいろなことを気づかせてくれるので重要な視点ですね。移民に関する研究でも、日本と他の国や社会と比較することで、日本の「当たり前」が当たり前ではないと気づくことができます。
 
例えば、日本の小学校では生活指導も重んじて学級作りや人格形成も学校の役割と考えられていますが、学校は勉強する場所という考え方が強い国や社会もあるでしょう。理論だけじゃなくて、実践からもいろいろ考察することができますから、興味深いですね。比較することで、何が問題なのか、なぜ問題なのか考えやすくなりますね。
 

現在の研究分野に取り組み始めたきっかけ

メンバー:多文化社会や移民、異文化間教育などの研究テーマに取り組み始めたきっかけは何ですか?
 
先生: 元々、高校生時代には国際関係に興味がありました。当時テレビのニュースでよく民族紛争の状況が流れていて、関心を持っていました。大学に入ってからは恒吉僚子先生の授業で、日本社会はすでに国際化していて多文化化しているが、教育において十分には対応できていないことを知りました。加えて、ゼミの一環としてベトナム難民の方の自助組織に参画し、日本で生まれた子供への学習支援をしました。その時非行や不就学など様々な問題を目の当たりにしたんです。それがきっかけで子供たちのアイデンティティに関する葛藤や、継承語を失って親との会話ができなくなる問題にも気づいて。この分野の研究者になろうと思ったきっかけでしたね。今でもその団体には関わっています。
 

今後に向けて

メンバー: 今後の研究や活動の展望を教えてください。
 
先生: 今後の研究方向ですね!難しいですね(笑)日本の教育において多様な背景を持つ人々の権利が保障され、差別のない多様性が認められる社会にしていくために研究者として貢献したいと考えています。
 
中でもこれまで教員の役割や教員養成に着目してきましたので、今後も継続して研究していきたいと思います。多様なバックグラウンドの教員が増えると同時に、教員養成の過程で多文化な社会に対応できるよう準備することが重要だと思っていますが、学校の先生方の業務量は既に多いので、どうすればいいかも考えなければなりませんね。
 
メンバー: 多様性に関して、先生が今の東大に改善してほしいことは何かありますでしょうか?
 
先生: すでに存在している多様性がもっと活かされるようにしていくことが重要だと私は思います。特にいわゆる日本人学生と留学生やPEAK生などとの交流の機会が少ないのは残念だと思っています。言葉の壁もありますが、せっかくいろいろな国から集まって学んでいるわけですから一緒に活動する機会を増やしていく必要があると思います。
 
メンバー: 最後にこの分野の研究について詳しく知りたい学生におすすめの論文や本をいくつかご紹介ください。
 
先生: 以下のような本や論文読んでみるといいと思います。
「日本人観」について:
下地ローレンス吉孝『「混血」と「日本人」ーーハーフ・ダブル・ミックスの社会史』
吉野耕作『文化ナショナリズムの社会学ー現代日本のアイデンティティの行方』
小熊英二『単一民族神話の起源―「日本人」の自画像の系譜』
多文化教育について:
額賀美紗子, 芝野淳一, 三浦綾希子編『移民から教育を考えるー子どもたちをとりまくグローバル時代の課題』
・Sleeter, C. E. (1993), How white teachers construct race. Race, identity and representation in education, 157-171.
・James Banksの論文(例えばこちら
 
メンバー:先生、本日は本当にありがとうございました!
 

最後まで記事を読んでくださりありがとうございました!
最後に1点、この記事を作成したUT-BASEからお伝えしたいことがあります。

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