はじめに
2024年5月、東京大学が授業料の改定を検討していることが明らかになりました。
値上げの具体的な全貌はまだ明らかになっていません。現在、東京大学の授業料は年間53万5800円で、約20年間据え置かれていましたが、今回の改定で1年間で最大約10万円の値上げになる可能性があります。その前に、東大当局は6月21日に授業料改定をテーマとした「総長対話」を計画し、意見交換の場を設けるとしています。
UT-BASEは、授業料の値上げで「東大生の挑戦・熱中・学びの機会」が損なわれることを懸念しています。東大を「世界一の学び場」にすることを目指し、UT-BASEは、この問題を注視し、日本語と英語で情報提供を続けていきます。
今回はその一歩として、国立大学の授業料の引き上げが議論されるようになった経緯や、それに対する学生たちや大学当局の反応・対応をまとめていきたいと思います。非常に速いペースで議論が進められている授業値上げに関して、皆さんの理解のお役に立てれば幸いです。
そもそも、大学の授業料はどう決まるの?
日本において、国立大学の授業料は文部科学省令が定めています。省令が決める大学の学部授業料の「標準額」は53万5800円で、いまの東大の授業料もこの「標準額」に基づいています。
省令で定まっている授業料は、実は2005年度以降変わっていません。日本の国立大学は元々文部科学省の内部組織であり、私立大学のように大学・学部間の授業料の違いはありませんでした。2004年に全ての大学は「国立大学法人」と法人化し(国立大学法人法第6条)、独立した会計単位となった後も、学生たちの負担や国立大学としての社会的な役割を考慮し、標準額は約20年間据え置かれています。
授業料は値上げできるの?
とはいえ、国立大学に授業料を改定する自由がないわけではありません。文科省による「国立大学等の授業料その他の費用に関する省令」の第10条は、以下のように授業料の改定を制限的に許しています。
(授業料等の上限額等)
第十条 国立大学法人は、国立大学及び国立大学に附属して設置される学校の授業料の年額、入学料又は入学等に係る検定料を定めようとする場合において、特別の事情があるときは、第二条第一項若しくは第三項、第三条第二項又は第四条の規定にかかわらず、これらに規定する額にそれぞれ百分の百二十を乗じて得た額を超えない範囲内において、これらを定めることができる。
(太字は筆者による)
つまり、標準額の120%まで引き上げることができます。もし東京大学がその上限まで授業料を引き上げた場合、学生の負担は、1年間で11万円近く、4年間で43万円近く増えることになります。
また、今年3月の省令改正により、同省令の第11条に基づき、それまで日本人学生と同額だった外国人留学生の授業料は、上限無しで値上げできるようになりました。これから外国人留学生の授業料は、標準額の120%よりも高い水準に引き上げられる可能性があります。
なぜいま、授業料の値上げが議論されているの?
学費の値上げが可能になるる条件として、省令は「特別の事情があるとき」としていますが、その基準は曖昧であるのは事実です。以下の表の通り、近年、国立大学で授業料の値上げを実施する動きが相次いでいます。
大学 |
授業料の変化 |
導入時期 |
東京工業大学 |
53万5800円 (標準額) → 63万5400円 (約118%) |
2019年入学者から |
東京芸術大学 |
53万5800円 (標準額) → 64万2960円 (120%) |
2019年入学者から |
千葉大学 |
同上 |
2020年入学者から |
一橋大学 |
同上 |
2020年入学者から |
東京医科歯科大学 |
同上 |
2020年入学者から |
東京農工大学 |
同上 |
2024年入学者から |
2018年から2019年にかけて、首都圏の国立大学を中心に学費の値上げが始まりましたが、コロナ禍による家計の急変などに配慮し、ここ数年間は中断されていたと考えられます。そしていま、また授業料の値上げが再び議論されることになったのです。
国立大学側は、大学の財政維持の難しさを訴えかけています。
6月7日、全国86の国立大学が加入している国立大学協会は声明を出し、
・国立大学の基盤経費である国からの「運営費交付金」が国立大学法人化以降、持続的に縮小してきていること
・物価高騰
・社会保険など諸費用の増加
・円安
などの理由を挙げ、 実質的な予算の減少で「もう限界」に近づいているとして、国民に協力と理解を求めています。
参考:「国立大学協会声明 -我が国の輝ける未来のためにー 」の発表について
東京大学は6月10日に声明を発表し、「限られた財源を活用して、教育研究環境の充実に加え、設備老朽化、物価上昇や … 諸費用の高騰、人件費の増大などに対応せねばなりません」とした上で、「学生の学習環境を維持・改善する費用を安定的に確保するため」と授業料値上げの検討の背景を説明しています。
一方で、経済的な困難を抱える学生への支援措置として、授業料免除の拡充や奨学金の充実などの支援策の具体的な仕組みも検討していると明らかにしました(2024年6月10日現在)。
参考:授業料の値上げに関する報道について | 東京大学
東大新聞も連載記事で、大学の財政状況について「授業料の2割引き上げによる増収は単純計算で全体の約1.2パーセントで、運営費交付金の下げ止まり分の補填とはなり難い」と指摘し、抜本的な財政強化や支援策を呼びかけています。
参考:【連載 東大の未来を考える】増額されない「運営費交付金」強いられる自主財源の拡大
授業料値上げ問題において、我々学生は明らかに直接的な影響を受ける当事者です。しかし、授業料の改定は国立大学法人の財政の厳しさという根本的な問題の一部であることも認識する必要があります。
学生たちは、どのような意見を表明しているの?
すでに授業料の免除や奨学金を得て在籍している学生も少なくないなか、1年間に10万円も超える値上げは、多くの学生たちやその家族にとって大きな経済的な負担になると考えられます。
上述の通り、大学側は経済的困難を抱える学生への具体的な配慮も検討しているとしています。しかし、奨学金や授業料免除の手続きの複雑さゆえに、より多くの学生に手続き上の負担が発生することや、学費を親が支払っている場合、親との関係が従属的になりかねないことなど、学生たちの不安が募っています。
それに加え、異なる経済的背景を持つ学生や地方出身者などの進学を阻止し、東京大学がUTokyo Compassで掲げている多様性と包摂性が損なわれてしまうことが懸念されています。さらに、東京大学における授業料の値上げが、他の国立大学の授業料改定に影響を及ぼす可能性も指摘されています。
一方で、大学側の情報公開の仕方へも批判の声が上がっています。東京大学が授業料値上げを検討しているという事実は、大学当局の公式発表ではなく、5月15日に一部メディアによるリーク情報として初めて伝わりました。これに対し学生たちの不安や疑問が広がり、同じ日、教養学部学生自治会が情報公開を求める要望書を提出しました。東大当局が授業料改定の検討を公式に認めたのは、その翌日の夜でした。
また、後述の通り6月21日に行われる予定の「総長対話」に関して、対面ではなくZoom上で行われることや、大学当局が「理解を得られるまで複数回行うことは考えていない」としたことから、学生の意見が十分に反映されるのか懸念する声もあります。
現在、様々な学生団体を中心に、授業料値上げ問題をめぐり学生の意見を表明する活動が行われています。6月6日には「学費値上げに反対する全学緊急集会」が本郷キャンパス・駒場キャンパスなどで開かれ、数百人に上る数の学生が参加し、引き上げ案の撤回や学生への情報開示の改善を求めました。また10日には、駒場キャンパスで第148期自治委員会の第2回会議が開かれ、学費値上げに関する決議案をまとめました。
UT-BASEは今後も、授業料の値上げをめぐる東京大学内外の人々の声を取材し、伝えていきたいと思います。学費問題に関して東大内外で行われる様々な活動についても、UT-BASEはこれから随時、情報提供を行っていく方針です。
東京大学は、どのように対応しているの?
先述したように、6月21日(金曜日)の19時から20時30分まで、Zoom Webinar形式で「総長対話」が行われます。
総長対話は、東京大学の基本方針であるUTokyo Compassが教職員や学生との対話を促進するために設けた機会で、大学当局は「交渉の場ではなく対話の場」としています。総長対話が行われるのは、昨年の国際卓越研究大学の応募の際以来です。
今回のテーマは「総長と授業料および東京大学の経営について考える」で、授業料改定の検討が明らかになってから初めての意見交換の場です。東京大学の学生なら誰でも参加できます。英語や手話の同時通訳も行われる予定です。
授業料問題に関して大学側の具体的な検討案が聞ける初めての場であるとともに、学生として意見を直接伝えられるほぼ唯一の機会かもしれません。申し込みの期限が迫ってきているので、13日(木曜日)の17時まで忘れずにこのリンクから申し込んでください(申し込みにはUTokyo Accountのログインが必要です)。登録者には対話の1週間前を目処に、登録したメールアドレスに資料が送られる予定ですので、忘れずに目を通してみてください。
UT-BASEはこれからも、東大の授業料値上げに関する情報をアップデートしていきますので、随時確認していただけると幸いです。