初めに
今回訪問した研究室は、経済学部/経済学研究科 阿部誠先生です。
先生の情報はこちらから!!
メンバー(2年|文科二類→経済学部経営学科):私は経済学・経営学分野の中で特に「行動経済学」に関心があり、高校生の時から阿部先生のご著書を複数拝読する中でその魅力に引き込まれて行きました。経済の動きや社会現象を消費者の視点から分析することに興味を抱いており、経済学部では、消費者の行動に焦点を当て、数値やデータでは見えてこない、人間の感覚的な行動・判断・購買活動に関する研究に挑戦したいと考えています。
今回は特に、
・「行動経済学」とは
・現在の研究に至るまでの経緯
・これからの研究
について詳しく聞いていきます!!
人間の非合理な一面に着目する「行動経済学」に迫る
メンバー:まず、現在特にご尽力されている活動について教えてください。また、「行動経済学」について先生がどう考えられているかも合わせてお聞きしたいです。
先生:わかりました。ちなみに、この記事を読む人はどんな方が多いでしょうか?オーディエンスが誰かわかると何をお話しすべきか考えることができるので。元々の専門分野であった「マーケティングサイエンス」では、顧客が何を求めているかを考えてから売るということもあり、いつも対象者を意識するようにしています。
メンバー:記事は主に学部1・2年生が読むと思います。「研究室ってどんな場所?」「研究室ではどんなことをしているの?」といった疑問から、この記事に辿り着く場合が多いのではないかと考えています。はじめにオーディエンスを想定してからお話ししていただけて、早速感動しています!!
先生:ありがとうございます。先ほどお話しした通り、専門はマーケティングサイエンスです。博士の単位もマーケティングサイエンスで取得しました。研究していることとしては、「個人の購入結果である『売り上げ』がどのようなファクターによって影響されているか」や「どのような状況でどんな理由から買っているのか。」などですね。ひとりひとりの行動モデルについての理論を、統計レベルに落とし込み、実際のデータを使って分析していきます。消費者を理解することは、企業のよりよい販売活動の実現につながります。売り上げやマーケットシェアはミクロ的な現象の集計ですね。そのため、個人レベルである「消費者行動」のメカニズムを探る必要性があるのです。
このような研究が可能になった背景には、80年代からの情報技術の発達に伴い、個々人のデータが様々な形で登場したことが考えられますね。それ以前は、マクロな視点の回帰分析がなされることが多かったと思います。例えば、Amazonや楽天などには大量の購買データ・消費者情報が溜まっていて、それらをどのようにビジネスに繋げているかを、各企業が日々模索している状態なのです。
メンバー:なるほど!「マーケティング」や「行動経済学」は、時代の移り変わりや技術の発展でより正確なものになったということにハッとしました。
先生:そうですね。マーケティングは1980年代後半くらいから随分変わってきたと思います。
メンバー:そう考えると、今後の技術発展によってさらに変わっていく見通しでしょうか?
先生:はい、これからも変わっていくと思いますよ。
メンバー:時代の変化と学問を結びつけて考えると面白いですね!新しい発見ができました!
先生:行動経済学は最近よく知られるようになった気がします。それなのに、東京大学の経済学部では、行動経済学の授業は私の授業以外ないんですよね。でもこれには理由がありまして、行動経済学はすでに十分に熟成した学問になったからだからと考えています。実は70年代後半から既に確立された学問でした。学問として熟成したのち、今はその概念をどのように経済活動の各分野で取り入れていくかが考えられています。そして、それぞれの領域や分野の中で行動経済学が独自の発展を遂げています。
メンバー:伝統的な経済学では救い切れていない事象を扱うにあたって、難しいと感じることは何かありますか?
先生:伝統的な経済学では、学問として人の合理的な行動を仮定し、「〇〇だからこうなる」という演繹的な分析・理論の発展がなされてきました。しかし現実世界には、現実にそぐわないような事象が出てくるため、「どの点において伝統的な経済学だと不足しているのか」を考える必要があります。その際、どの程度取り入れるかを考えるのが難しいです。バイアス1つを取っても、人によって起きる人と起きない人がいます。また、別のモデルを組み込まなければいけない場合も多いです。まさに「人の異質性」ですね。人によって考えていることや行動パターンがあります。
メンバー:お話を聞いていて、「人間の異質性」があるからこそ行動経済学が意味を持つという風に感じました!もともと皆が同じことを思ってたら伝統的な経済学でも十分になります。「人間の異質性」を反映して行動経済学が生まれ、その行動経済学の中でも、「人間の異質性」を考慮する方法や程度に常に悩まされる。そのような両者の関わり合いが興味深いと思いました。
先生:伝統的経済学では1つの価格弾力性ですが、行動経済学のデータの場合、ひとりひとりの価格弾力性がいくらかを推定することができます。実例を挙げると、「価格に敏感な人にクーポンを提供するとより購買意欲が高まり、購入につながる」などのような使われ方をしています。タバコ税を引き上げたときに、禁煙をしようとする人とこれまで通り喫煙を続ける人がいるため、どのように課税をするかを考えるときに、応用できると思います。
メンバー:日本では、行動経済学が政策立案に反映されているケースを目にします。「ナッジを使って〜」のような感じです。特にコロナ禍に活用されていた印象があるのですが、それ以外には何かあるのでしょうか?
先生:公共政策ですと、政府や自治体が使っていますね。他に大きな市場で言うと、やはりビジネスです。マーケティング・金融、そして、行動ファイナンスなどが挙げられます。「行動ファイナンス」とは、行動経済学の前提に立って、経済のあらゆる現象や金融市場の動きを考えていく理論を指しており、投資時に心理的な要因を考慮する際に活用されていますね。さらに最近では、企業の中の組織管理・人事管理にも活かされています。「いかに生産性を上げて、クリエイティブな仕事をする?」「どんなインセンティブを与える?」「ゲーム要素を入れて競争させる?」「表彰するとやる気が出る?」など、行動経済学を使って人の行動を良い方向に誘導させることができます。個人のコントロールの他、禁煙やダイエットなど自己管理にも役立ちますね。
メンバー:メンバーのモチベーションをどう保つかまで、幅広く応用できるのですね!
先生:その通りです。人事・組織管理の内容で講演依頼が来る場合が多くなってきました。内発的動機の話ですね。私の専門ではないのですが、消費者の行動を見ているので、経営分野にも通じる部分は多いです。
今の研究領域に辿り着くまでの軌跡
メンバー:では次に、今の研究テーマや研究領域に至るまでの経緯を教えてください。
先生:実は私はもともとは理系でした。中学高校ずっと理系で、電子回路やラジオ、アマチュア無線などをずっと作っていました。その興味から大学もマサチューセッツ工科大学(MIT)に行きました。学部と修士はコンピュータサイエンス・電子工学で学位を取っています。その後に博士課程で「オペレーションズリサーチ」という学問分野に入りました。生産性の最適化についての学問で、例えば軍をどのように配備したら戦いに勝てるかなどを数学的に考えたりします。
3ヶ月の長い夏休みの間に、何かアルバイトをしようと探していました。その時「マーケティングサイエンスの父」と言われる先生から、数理的なマーケティングを専門とする会社を紹介してもらいました。1人ひとりの行動を理解してデータに当てはめていく内に行動経済学の魅力に引き込まれた感じですね。
メンバー:コンピュータサイエンスからの転身の決め手は何でしたか?
先生:オペレーションズリサーチという汎用的な分野に触れたことで視野が広がり、理系以外でもビジネスの分野で面白いことができることに気が付いたことが大きかったかもしれません。人間は不確実性が非常に高いから曖昧だと思われがちですが、それらは確率という形で処理することができます。数量的に分析すれば客観的に考えられる点が面白いと思いました。
メンバー:特に行動経済学は、人間が非合理的だと仮定して心理的な面まで考えているのが魅力的ですよね。数値のように誰が見ても同じに見えるデータと、人によって感じ方の違う不安定性のあるデータがあると思いますが、行動経済学はそれらをどのようなバランスで扱っているのでしょうか?
先生:大きな違いとして、心理学の場合、人間は非合理的で文脈に依存します。それを統計的に分析したり、脳を見たりするんですよね。
しかし行動経済学では、それが人間の行動の予測にどう繋がるかを考える必要があります。モデルに当てはめ、このようになるはずという予測の部分に重きが置かれています。人間はどのようなパターンでバイアスが起こるのか、どの程度起きるのかというのをかなり数的に把握してそれを使ってシミュレーションをするのです。人間の不確実性は誤差という形で処理されます。
メンバー:これまでは、数学が苦手な人は経済の中でも「経営」という認識があったのですが、経営系の学問でもしっかり数学の知識を使うのですね!
入門書を読んでいると「バイアス」や「プロスペクト理論」などのように文字で説明されていることが多いので、統計などの数学的な要素がかなり入ってくるなのは意外でした。
先生:数字は曖昧性がなく、ユニバーサルな言語なので経営学を含めどんな分野でも重要になってきます。もちろん数字だけではないですが、一般にイメージされるよりは数学を取り入れているかもしれないですね。
未来に向けて & おまけ
メンバー:阿部先生のこれからやりたいこと、将来の展望などを教えてください。
先生:今までやってきたことを続けていこうと考えています。世の中の環境の変化に合わせてアプローチ方法は変わっていきますが、消費者のためにどのようなことをするかというゴールを持って研究していきたいです。
メンバー:ChatGPTなどの発展で今後どのように変わっていくとお考えですか?
先生:やはり一番大切なのはGPTなどといった技術発展を「自分の味方につける」ことだと思います。拒まずに活かすとも言えますね。AI技術を使うべき箇所、人間が担当すべき箇所をしっかり見分ける必要もあります。実際に数々の研究で生成系AIが使われ始めていますよ。テキスト分析がその一例です。セグメントを描写する際、今までは、どんな特徴があるかを研究者が主観的に判断・解釈していました。1つずつ見ていくのでもちろん時間がかかりますし、人それぞれ観点が異なるため、統一しにくいと言うデメリットはありました。しかしChatGPTの発達により、今では「どんなセグメントですか?」と質問を投げかけると、ビッグデータが客観的な回答を素早く導き出してくれます。このように、有効に使える分野もたくさんあるので、今後も多くの場面で使われると思います。いかに上手く使うかを見つけ出すこと自体が、研究の一領域になってくるかもしれませんね。
メンバー:人間が行うと確実性や効率性に欠ける部分をAIに担ってもらう形で活用していくのですね!最後に今の学生に向けたメッセージをお願いします。
先生:今勉強している分野と将来専門にする分野は変わるかもしれません。もし行動経済学に興味があるのであれば、コンピューターサイエンスや心理学の授業を取ってみるのも面白いと思いますよ。
〜〜〜 インタビュー終了後 〜〜〜
メンバー:今回のインタビューの前に、阿部先生のご著書『行動経済学(サクッとわかるビジネス教養)』を拝読したのですが、とても読みやすく、行動経済学の知見を使っていらっしゃるのかな?と思いました!
先生:そこはあまり意識していませんでした!でもそう思っていただけたのなら光栄です。図をたくさん使い、わかりやすさを心がけましたね。
先生:経済学部の研究室は、こんな感じでコンパクトですね!1人の部屋と言う感じで気に入っています。
今はブラインドが壊れてしまっていてよく見えないのですが、この窓からの景色は絶景です!
メンバー:阿部先生、今日は本当にありがとうございました!行動経済学のこれまでとこれから、先生ご自身の今の研究に至る経緯、さらには学生へのお言葉までお話くださり、大変充実したインタビューでした。行動経済学の新たな一面を垣間見ることができ、興味がより深まりました!