「今、ここ、自分」を飛び越える「共感性」〜亀田達也先生(文学部社会心理学専修)〜

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初めに

 
今回訪問したのは、文学部社会心理学専修/大学院人文社会系研究科 亀田達也先生です。
先生の情報はこちらから!!
 
メンバー(1年|文科三類):私は社会心理学の中で特に「共感性」に関心があり、高校生の時から亀田先生のご著書を複数拝読する中でその魅力に引き込まれていきました。他者や周囲の状況を理解する「共感性」が、所属する集団の規範や価値観にどのような影響を受けているのかに興味を持っています。
今回は、
・「共感性」とは?(具体的な実験例とともに)
・社会心理学における「実験」をどう捉えているか
・これからの目標
について聞いていきます!
 

情に厚い行動を示す「情動的共感」

メンバー: 私は冷静に相手のことを理解する力である「認知的共感」に関心を持っています。高校時代に行っていた環境ボランティアが実はグリーンウォッシュ(注1)だったことに気付き、そこからボランティア参加者の善意が逆効果な解決策や課題の過大評価に繋がる現象に興味を持ちました。そこで出会ったのが亀田先生の「共感性」という考え方でした。
 
先生: その問題は大事ですよね。2016年に熊本地震が起きた時のことを思い出しました。
 
震災が起きるとやっぱり「我々気の毒だな」と思いますよね。そして居ても立ってもいられず着の身着のままボランティアに駆けつけてしまうと。しかし既に物資が逼迫している所に「善意の人」が来て、結局は資源を競い合う結果になってしまうわけです。
 
そして熊本地震の時には2つの有力な援助拠点が毎日必要なボランティア数を発信していたんですね。それで最初の1か月ぐらいは大量のボランティアが押し寄せる。そうするとボランティアをどう裁くかが、現地の行政の負担になったりとかもするんです。
 
メンバー: 迷惑ボランティアと呼ばれる現象ですね。
 
先生: どうしてそんなことが起こるんだろうと思い、熊本地震の発生後すぐに東大生を対象として実験を行いました。
 
ボランティア参加者は最初は元気に頑張るけど、だんだん疲れて生産力が落ちると。そうするとそこに居座るよりも新しい人に来てもらって変わった方がいいから、どの時点で帰るかが重要な問題になってくる。そういう風に、時間軸上でどこまで仕事をしてどこで辞めるか、「最適ストッピング」と言われる意思決定課題を使って実験したことがあります。
 
そうすると面白いことに、ほとんどの人が最適なポイントでやめて次の人に変わるという意思決定をできず、むしろやりすぎちゃう。相手の感情をそのまま映し取ってまるで自分の感情のように感じるプロセスのことを「情動的共感」と呼んでいるんですが、そういう風に考えていくと、その情動的共感ってすごくウェットなものですよね。
 
例えばもし自分が同じ被災者としてその場にいるんだったら、情動的に共感するやり方でうまくいくと思います。自分自身はずっとその場に住んでいるから一応自分の家や食いぶちもあり、どこで誰が困ってそうか、きめ細やかな知識を持っているはずです。熱い共感は、やっぱり肉親や親族、あるいは小さなコミュニティみたいなところでは重要な働きをすると思うんですよ。
 

他者へ意識を飛ばす「認知的共感」

メンバー: 情動的共感が機能不全に陥るとき、共感はどうあるべきでしょうか?
 
先生: 情動的共感を超えて課題を解決していくには、やはりそれとは別の共感、つまり「認知的共感」が必要になると思います。認知的共感というのは、それは他者の心的状態を推論するような回路であり、その回路は同時に、例えば「10年後自分何してるかな」と想像する時にも使われる回路だし、「今から10年前自分何してたんだっけ」と思い出す時にも使われる。さらに例えば「本郷3丁目駅から本郷キャンパスまでどうやって来るんだっけ」と考える時にもその回路は動きます。つまり「今、ここ、自分」を飛び越えて「未来、あちら、相手」にメンタルなトラベリングをする時に使える回路なんですよ。
 
メンバー: 面白いですね!認知的共感に関する実験についてもお聞きしたいです。
 
先生: 前にジョン・ロールズの正議論をテストしようと思って実験を行ったことがあります。ロールズの主張は「無知のヴェールをかぶった人の注意は最不遇の状態に向けられる」というものですが、この話を学部生の頃に読んで、呑気な話だなと思ったことがあるんですよ。そのとき以来この議論はすごく気になっていて。
 
例えばこんな2択の問題を考えて下さい。確率3分の1でいくらかのお金をあなた自身がもらえる状況を想定します。
 
オプション1:190円、880円、1030円
オプション2:360円、540円、900円
 
期待値はオプション1の方が高い。だけど最小要素はオプション2の方が大きい。
 
次に、これと数字を全く同じにして、「自分とは全く関係のない3人にお金を分配するなら、オプション1とオプション2どちらを選びますか」という課題をします。これらの課題はそれぞれ自分にとってのギャンブル課題と他人に対する分配課題だよね。すると面白いことに、ギャンブルでの選択の傾向と分配課題での選択の傾向は個人の中で共通していたんです。つまり、リスクに関する意思決定と、分配に関する意思決定が、はっきりと意識していなくても、実は心理的に深いところでつながっているというようなことがわかります。
 
次の実験では、3つ選択肢があるけれど数字が隠れています。その状況で、3人に対してどういう分配をするか決めてもらう。隠れた数字は、最小の金額、真ん中、最大の金額という3種類があり、数字の大小の順番はバラバラに並んでいます。どの分配を選ぶか30秒で決定してもらう。30秒間の間に、マウスのカーソルを隠れている数字の上に当てるとその数字が見えるようになるんだけど、マウスを外すと見えないという仕掛けを作っておく。そうすると、30秒間の間に参加者がどこをどういう順番で見たかが全部記録できる。それを見ると、ギャンブルについても分配についても、ほぼ全員共通して、人々は最初と決定の直前に最小の金額をチェックしたんです。
 
そこで更に最小の金額を気にする時にどの脳部位が関係してるのかを調べました。すると面白いことに「認知的共感」や「視点取得」に関わる脳部位が関わっていることが分かったんです。我々の「認知的共感」や「視点取得」というのが、「最悪の結果が起きたらどうしよう」というところを中心に動きやすい。ロールズ的な思考を僕は大学3年生の時に聞いて「えー」と思ったんですけど、そう考えると実は、ロールズ的な考え方は我々の心の中に、もしかして進化的に、皆に共通して備わっているのかもしれないということになってくるんです。
 
メンバー: ここまでの実験が繋がってすごくワクワクしました!
 
先生: もう一つ。「ミニマムなことを気にする」ということと「平等を気にする」ということは同じことかというと、同じじゃない。我々は分配について議論する時に「人々の格差を減らさないといけない」という言い方をよくしますよね。格差を減らすということは「ばらつきを減らす」ということだと我々は普通思っているじゃない。だけどばらつきを問題視することと最不遇の状態を問題視することは同じじゃないですよね。色々な実験をやった結果分かってきたのは、我々が「平等」という言葉で意味してるのは、実は「ばらつき」そのものではなく「不遇な状態をどこまで許容できるか」に関わっているということなんです。
 
次のような実験も行いました。2択で、選択肢1は社会全体の総量が高いけれど最小値がとても低い分配。選択肢2は、社会全体の総量は低いけれど、ばらつきも小さく、最小値も選択肢1よりは大きいという分配。そして参加者にはこの2択の設問に何十問も回答してもらうんだけど、その質問の仕方を変えます。
 
1つ目の言い方は「1つの選択肢は、もう1つの選択肢に比べて、社会全体の富が大きくなる選択肢です。もう1個の選択肢は、社会全体の富のばらつきが低い選択肢です。」
2つ目の言い方は「片方の選択肢は社会全体の富を最大化します。もう1個の選択肢は、最不遇の人がよりましになるような選択肢です。」
 
そうして選び始めると、最初の「富か平等か」というフレームを与えられると、人々は2極化して富派と平等派にわかれちゃう。全体を通じて、富派は選択肢1、平等派は選択肢2しか選ばないようになってしまう。ところが「富か最不遇状態か」と言うと、選択が偏らず適度にバランシングする。
 
最不遇を考えるということは、社会全体の富の最大化を否定しません。つまり最不遇がよりマシな状態を担保しつつ、どうすれば社会全体の富を増していけるかという問いの立て方ができる。富という概念と最不遇という概念は相反するものではないんです。反対に「富か平等か」というフレームを使用することは分断を生むと僕は思います。
 
社会を貧困層、中間層、富裕層に分けてどの所得分配政策が良いか考える時、ロールズ的な言い方をするならば最不遇状態だけを気にするわけだよね。だけどそうではなく、我々がやるのはいくつかの所得政策の中で、1番ひどい条件に自分が落ちたら困ると思っていくつかの選択肢の中で「この最不遇状態は大変だ」という選択肢をまず消し、その上で残った選択肢の中で富が最大になるものを選ぶという事だと思います。平等を「ばらつきの問題」と考えることと「最不遇者の問題」と考えることは、同じじゃない。そして、こういう話が実は「認知的共感」と関係すると思っています。例えば「ばらつき」という視点を取得することはできないですよね。ばらつきは社会全体の話。だけど最不遇の人に対してはその人の視点を取得できると。「最不遇の状態に陥ったらやっぱり嫌だよな」と思うから、さすがにこの状態はまずいよねと考えることができる。
 

「実験」をどう捉えるか?

メンバー: 興味深いです!亀田先生は「実験」をとても重要視されているように感じますが、どうお考えでしょうか。
 
先生: 僕は社会心理学の中では異端だと自分で思っていて、むしろ経済学や生物学などの思考をいかに取り入れたらいいかを考えながら、実験と理論を行き来しています。
 
僕には「社会心理学には理論がない」という文句があって、というのも社会心理学は形を備えた理論系がないせいで解釈学になっちゃっている気がするんです。例えば、コロナ禍で同調圧力という言葉が流行ったと。ではどうして同調圧力があるかと考える時に、よくある説明は、 日本は同調社会だとか、人々が規範に従うとか。それは現象を文化や心理という言葉で言い換えてるだけのように思う。言い換えてるだけだから何も生み出さない。
 
じゃあどうすればそれがもう少し立体的な形になるかというとロジックが必要なんだと思うんです。そのロジックをどう構築するかということに対して、あまり社会心理学者は徹底していなくて。僕はそれは科学的だとは思わないんです。
 
メンバー: 社会心理学における理論のようなものを構想することが、先生の中で1つの目標なのでしょうか?
 
先生: そうですね。自分にとっての理論やデータは、自分を不自由にするためにあると考えています。
 
例えば経済の理論を考える時に、その理論の多くの部分が「ホモエコノミクス(注2)」という存在を前提にしてますよね。しかし様々な心理学実験が示しているように、我々はホモエコノミクスじゃない。では我々はホモエコノミクスでないからホモエコノミクスをベースにした理論系が無意味かと言うと、僕はそんなことはないと思うんです。
 
なぜならばデータとの関係を持った理論は、社会科学における実証との関係においてある視点を与えてくれるから。ホモエコミクスモデルから予測される行動と実際の人間がはずれた行動をするとき、このズレの発見ってすごく大事じゃないですか。その理論があったからズレが発見できて、このずれをどういう風に考えていけばいいのかということを次に考えることができる。だけど理論がなかったら、我々はデータから自由な解釈ができてしまう。従来の社会心理学に関して僕が一番気になるのは、実験の視点があまりはっきりしてないために出てきた結果の解釈が自由になっていることです。データは研究者の思考に制約を加えてくれる。理論やデータという制約があることによって、我々は不自由になり、もっと高いところに手が届くという感覚です。
 
メンバー: 亀田先生、今日は本当にありがとうございました!興味のあった「共感性」について考えを深めることができ、さらに社会心理学で大切な「実験」についても亀田先生のお考えを知ることができ、とても充実したインタビューになりました。
 

 
注1:グリーンウォッシュとは見かけだけの環境配慮によって利益を得ることを指す用語。
注2:ホモエコノミクスとは他人のことを気にせず自分の利益追及だけを考え行動する存在を指す用語。
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今回は、文学部社会心理学専修の亀田達也先生にお話を伺いました。
先生のご著書『連帯のための実験社会科学』はとても読みやすく、共感性にまつわる話を更に詳しく知ることができます!

亀田先生、貴重なお話をありがとうございました!

最後まで記事を読んでくださりありがとうございました!
最後に1点、この記事を作成したUT-BASEからお伝えしたいことがあります。

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