はじめに
進振り、そしてその先の進路決定。自分が現在学んでいること、あるいはこれから学ぼうとしていること。これらは将来にどう繋がっていくのだろうか。これは、そんな悩みを抱えるあなたのためのインタビューだ。
今回は、株式会社アイデアファンド代表取締役の大川内直子さんにお話を聞いた。大川内さんは、異色の経歴の持ち主だ。
理科二類から教養学部文化人類学コースに進学。大学院でも文化人類学の研究を続け、日本学術振興会の特別研究員(DC1)に内定するも辞退。みずほ銀行を経て現在のアイデアファンドを立ち上げた。
お話の中でも「綺麗な履歴書に意味はない」という言葉が印象的だった。そんな大川内さんのロングインタビューが、皆さんが一歩踏み出す一助となれば幸いである。
文化人類学への興味
高校生の頃は文系科目が得意だったという大川内さん。
「東大に入ればもう一度専攻をリセットできるから、文理はどちらでもいい。高校3年間サボらないように、あえて不得意な理系科目を学ぼう。」という(珍しい)理由で理系を選択し、理科二類に進学した。
アフリカで動物に囲まれて生活したいという思いがあり、駒場図書館でアフリカに関する本を読みあさっていたという。
その中でアフリカの呪術に関する本を手に取ったことが文化人類学という学問への入口になったそうだ。
「当時はその本が文化人類学というジャンルのものだとは分からなかったが、面白さを感じた。その本の著者が文化人類学を研究していたということで、『これいいじゃん。』と思うようになりました。」
そして、大学2年生の進振りでは教養学部の文化人類学コースへの進学を決めた。
文転をしたことや、少人数学科への進学に対して不安はなかったのだろうか。
「当時は社会に出るというよりは大学に残って学者になればいいと考えていたので、職業選択の幅などの将来の不安については感じなかった。」と語る大川内さん。アフリカ好きということもあり、「探検したいという気持ちが強かった。」とお話ししてくれた。
「大学だからこそ、一見役に立たなそうなことや、民間のキャリアには繋がらなそうなことに挑戦したいと思っていたし、そのような学問を実際に行っている人とも関わりたいとも思っていました。もちろん役に立ちそうな学問もたくさんありますが、それはいつでもできる。文化人類学は私の探検したいという思いに適った学問分野でした。」
自分と正反対の場所へ
後期課程で文化人類学コースに進学した大川内さん。
その中で大川内さんは、学生ベンチャーに携わった。
大川内さん自身、人間社会にあまり適合できないのではないかと考えていたという。アフリカで暮らしたいことも研究者になりたいことも、背景として上記のような理由があったからだ。
一見すると学生ベンチャーは人間社会と密に、積極的に関わっていく印象がある。なぜ大川内さんは学生ベンチャーに携わったのか。
ここでも「探検したいという思い」が鍵となったそうだ。
「新しいところを探検したいという思いから始めてみようと思いました。自分に合っているか合っていないかというのはあまり考えていませんでした。当時はお金や役に立つことに興味がないまま生きてきたので、これを機会にそのような世界を覗いてみるのも面白そうだなと思って。実際やってみたらとても楽しかったですね。」
研究の世界の中で
文化人類学コースでの授業についてもお話を伺った。
文化人類学への入口が本であったこともあり、当初イメージしていたものと実際の学問としての文化人類学との乖離を感じ、ある種の幻滅感も時には感じたという。
それでも、「実際に文化人類学という世界を研究している人たちと出会うことができたのはよかった。」とも語ってくれた。
そして、入学当初からの研究者を目指すべく、東京大学大学院総合文化研究科修士課程に進学した。
一般的に文系の研究者はポストの少なさや将来性の不透明さもあり、大学院に進学することを躊躇う人も少なくない。
大学院に入ってから、学問に対する心境の変化を大川内さんも感じていた。
「文系で大学院に進学する人が少なく、博士課程以上はさらに厳しい世界なので、研究費を稼ぐ、食いぶちを稼げるくらいは研究者としてトップを走っている必要があると思うようになりました。研究成果に対するプレッシャーを感じ始めたのもこの頃からでした。」
文化人類学の強み
大川内さんは修士課程で研究を進める中で、Googleから文化人類学の手法を用いたリサーチの依頼を受けることになったという。
「最初は博士課程の先輩に誘われて始めてみました。自分がベンチャーをやっていたこともあり、人類学とビジネスの関係に興味があったんですね。ただ、東大だとそのようなことは研究されていない。一方、アメリカだと人類学者が企業の中で製品開発などに携わっていることを知りました。ちょうど私自身が興味のあったことなので、先輩からの誘いを受けてやってみることにしました。」
文化人類学とビジネスの繋がり。
大川内さんが現在仕事としているものと重なることもあり、このことについて詳しく聞いてみた。
文化人類学の知見や手法の強み、魅力について大川内さんは「定量化できないものからアイデアを見つける」ことにあるという。
「一般的な調査は仮説に対して、何千人、何万人もの人にアンケートを行います。その結果を受けて仮説が検証されたか棄却されたかを明らかにする、というものです。一方で人類学は、現地で目の前にある人やものをただ真っ直ぐに観察する、フィールドワークという分析手法を特徴とします。ある程度時間と労力を割いて観察を続ける中で、誰も気づかなかった面白い気づきがあるんですよね。仮説を立てる段階で先入観や社会に対する偏見を排除して、新しい事実や新しい可能性を見出せることに強みがあるのではと考えています。たった一人の異端な人と関わる中での気づきから真のイノベーションはもたらされます。そのような人に出会い、気づきを得ることができる可能性を人類学は秘めているんですよね。」
綺麗な履歴書
修士課程を修了した大川内さんは、日本学術振興会の特別研究員(DC1)の内定を得る。
当分の生活の保証と、この先の研究者としての未来にある程度の確信を持てたはずである。
しかし、DC1の内定を辞退し、みずほ銀行のグローバルコーポレーションファイナンス(GCF)コースに入社を決める。
アカデミアの世界からビジネスの世界への転身を果たしたことになるが、アカデミアの世界への未練はなかったのだろうか。
「未練はやはりありました。DC1の内定を得たということもあったので。ただ、一昔前のアカデミアの世界ならば助教授、准教授、教授と順調に出世を重ねることも一つでしたが、現在は信じてきたレールがいつ失われるか分からない時代です。そのような時代の中で、「綺麗な履歴書」を作る必要は必ずしもない。アカデミアの世界へは戻りたい時に戻ればいい。そのように思うようになりました。同時に、Googleなどの企業から依頼されてリサーチをする経験を重ねる中で、ビジネスの世界でやっていけるのではという思いが強くなっていきました。学生時代は学生ベンチャーなど小さい組織で活動してきた中で、大きな組織で組織運営や戦略を学びたい。その中でみずほ銀行への入社を決めました。」
不確実性に飛び込む勇気
みずほ銀行への入社を決めた時、すでに数年先の起業という未来を描いていた。
そんな大川内さんは、多くの学生にとっての悩みである「キャリア選択」についてこのように語ってくれた。
「『なんとなく優秀で、みんながここを受けるから、選ぶから。』とキャリアを決める人もいます。ただ、これからは普通にやっていると良くて普通の時代です。アイデアを持って不確実性に飛び込む勇気を持つ。キャリアをバックキャストで考える。自分の意思を持って能動的にキャリアを描いていく。このようなことが大切なのかなと思います。」
ideafund起業へ
大川内さんは2018年にideafundの代表取締役社長に就任した。
みずほ銀行のGCFコースでの数年間は「面白い案件も多く、このまま残るのも悪くない選択肢でした。」とのことだった。
そのような中で、なぜ大川内さんは起業家としての道を選んだのだろうか。
「やはりここでも探検したいという気持ちが勝ってしまいました。自分にしかできないことをしたいという思いは大きかったですね。」
学生ベンチャーを目指す方へ
学部時代から学生ベンチャーに携わり、その後も主体的にキャリアを選択し続けている大川内さん。
大学発ベンチャーや学生ベンチャーへの関心が高まっている現在、学生時代にベンチャーを立ち上げる、ベンチャーに携わることについてお話を伺った。
「社会人になって会社を辞めてベンチャーを立ち上げることになると、家族を養わなければならなかったりなど、確実に成功しなければならないプレッシャーはつきものです。対して学生ベンチャーは失敗したらまた学生に戻ればいいだけなので、リスクを取れる、失敗ができることが特権なのかと思います。衣食住が保証されている中でバイトやサークルに取り組むように、学生ベンチャーもメジャーな選択肢になっていいのかなと。学生なら『東大の後輩です。』と企業などに連絡すれば案外対応してくれる。このようなフリーパスを得られるところも学生ベンチャー、東大発ベンチャーならではの強みですね。」
一歩踏み出す勇気
最後に、「役に立つかは分からないが自分が興味のある、何か惹かれるものがある」ことに向かって一歩踏み出す勇気、不確実性に向かって一歩踏み出す勇気を得る秘訣を伺った。
「一見役に立たなそうなものでも、少し走っていれば見えてくるものが確かにあります。研究の世界にせよビジネスの世界にせよ、中途半端でいては何ともならない。自分が興味のある分野でトップを走ってやるという気概ですかね。」
結びに
「綺麗な履歴書でなくて構わない」という言葉は、キャリアを考える上で誰もが受け止めておくべき言葉だと感じた。
某掲示板の就活偏差値、東大生の就活先ランキングは今でも就活生に絶大な影響力を及ぼしている。進振りも同じようなことが言える。底点が各学部学科を評価する単一の指標となっており、進学先を決定する際に一定の影響をもたらしている。
もちろん客観的な指標に頼ることも時には大切だ。しかし、自分の進路選択・キャリア選択に主体性がどれほど関与しているかは一度立ち止まって考えておく必要がある。客観的な指標はあくまでも「みんなの声」である。
自分のやりたいこと、興味のあることに一歩踏み出すこと、不確実性と向き合いながらも自分の意思で未来を切り拓いていくこと、大川内さんの言葉は、「自分の声」の大切さを私たちに伝えてくださるものであった。