東大生の進路は大きく5つに分かれる。資格系、民間企業、公務員、ベンチャー、そして、大学院進学(院進)。
しかし、とりわけ文系の学生にとって、院進という進路は多くの場合、選択の土台にすら浮上してこないのではないか。もちろん、最終的な選択は個人の自由だが、選択肢にすら浮上しないのは進路選択において勿体無いことだと思う。
院進という進路の不人気の背景として、「学問は好きだけど、院進は将来性・安定性に欠ける…」と感じている学生も多いと思われる。
そこで、今回と次回は、院進後、アカデミアの世界を歩み続ける方々にインタビューを行なった。
今回お話を伺ったのは、東京都立大学教授の詫摩佳代先生だ。
詫摩先生は東京大学法学部第3類を卒業後、総合文化研究科国際社会科学専攻で修士・博士号を取得した。専門は国際政治学、国際機構論で、著書の『人類と病 国際政治からみる感染症と健康格差』はサントリー学芸賞を受賞した。
先生自身も、自分が好きなものであった政治学の研究を続けることは、安定した進路ではないと自覚をしていたという。それではなぜ、アカデミアの世界を歩み続けることができたのか。
研究者を目指す学生に留まらず、好きー不安定、普通ー安定との間で進路に悩む全ての学生が、詫摩先生の進んだ軌跡からヒントを得ることができるはずだ。
アカデミアの世界へ
ー詫摩先生は学部卒業後、修士課程では総合文化研究科の国際社会科学専攻に進学なさったとのことですが、アカデミアの世界への関心は早い段階から芽生えていたのでしょうか?
いえ、最初から研究者を目指していた訳ではなく、色々なものを見た上で、自分に向いていそうな研究者に進路を狭めていったのだと思います。
高校生の頃に緒方貞子さんが国連難民高等弁務官事務所で活躍している姿に憧れ、外交・政治を学びたいと思って文一に進学しました。緒方さんもアカデミア出身なので、その頃から学問の大切さについて認識していたのかもしれません。
ーどのような過程を経て、研究者に進路を狭めていったのでしょうか?法曹や中央官庁、民間企業に進んだ同級生も多いと思われますが、迷いは少なかったでしょうか?
大学に入った頃は、何かになりたいというよりは、世界を舞台に何かできたらいいなと考えていました。一方で、一年生の時から、周りには進路を定めている人が多かったように思えます。
その影響を受けて司法試験の試験勉強も一時期していました。将来性や安定性、親の勧めもあり、司法試験対策の塾に入ったりもしました。
ただ、学びを深める中で、自分には政治学が向いているという実感を持つようになりました。政治のダイナミックさに興味を抱いたのです。そのようなこともあり、法学部第3類(政治コース)に入って研究者を目指し始めました。
先ほど、「色々なものを見た上で、自分に向いていそうな研究者に進路を狭めていった」と申しました。その過程で、自分の性格的に、一つのグループに所属してその中でひたすらにコミットし続けることは向かないと悟りました。逆に言えば、知的好奇心のおもむくままに従事できる職種が向いていると考えるようになりました。
進路に迷って1年多く在学していましたが、その間でアカデミアの世界に進む決意を固めることができました。
アカデミアの世界で
ー文系の院進、とりわけ博士課程への進学については、将来性や安定性と言う面でネガティブなイメージが一般的です。なぜそのような環境に飛び込めたのでしょうか?
大学院に進学しましたが、博士課程へ進学する人はそう多くありません。国際機関等で修士号を使うキャリアもありだなと思いながらも、研究をしていく中で研究の面白さに気づきました。私は博士課程へ進学することになりますが、アカデミックな関心を修士課程だけに留めておくことができなかったのが一番大きな理由です。
院生として生活する中で、経済的な問題が一番重くのしかかると思います。ただ、日本学術振興会からの奨学金(DC2)などの公的な援助に加えて、博士の先輩たちが高給なアルバイトを色々紹介してくれるなど、学生間のコミュニティにも助けられました。
ー詫摩先生は修士課程の頃から現在まで一貫して、「国際政治×公衆衛生」というテーマで研究をなさっていますが、このテーマに関心を持ったきっかけは何でしたか?
大学院進学当初はこのテーマについて考えてもいませんでした。最初関心を抱いたテーマが満州事変期の日仏関係でした。研究を進めるため、一時期、外務省外交史料館で外交史料を読み漁っていたのですが、その中で、日本は連盟脱退後も、国際連盟と保健業務に関しては依然と深い関わりにあったことが分かりました。それが公衆衛生と政治との繋がりに興味を抱いたきっかけでした。
ー政治学、とりわけ国際政治の観点から公衆衛生について分析することのメリットについて教えてください。
コロナ禍で医学系の方と働く機会が増えましたが、公衆衛生について考える時に、社会科学的視点と自然科学的視点の双方が重要であると改めて実感しました。
医学的なエビデンスに基づく正しい政策であっても、地政学的対立や途上国における政治情勢など、政策を実行する際の障壁となるものが存在します。それについて検討するために、社会科学的視点が求められるように感じます。
ー詫摩先生は著書「人類と病」を始め、歴史的アプローチから国際政治について分析することが多いように感じますが、歴史的アプローチの魅力は何ですか?
史料からそれまで見逃されてきた重要な史実を発見した時の喜びは大きな魅力ですね。重要な史実を探すための過程も宝探しみたいで面白いです。また、E.H.カーも歴史を「現在と過去のあいだの終わりのない対話」と捉えていたように、過去を知るからこそ現在をより深く見ることができるということも、歴史的アプローチの魅力だと思います。
大学で研究を行うことの魅力
ー民間のシンクタンクや政府系シンクタンク、さらには在野研究者など、アカデミックな活動と一口に言っても多岐に渡ります。その中で大学教授としてアカデミックな活動を行うことの魅力を教えて下さい。
自由に好きなことをできることが最大の魅力だと思います。大学の教員は数年に一回、サバティカル(注)をもらえます。これは大学ならではですね。また、学生と触れ合うことができることも魅力ですね。特にゼミでは学生から若い視点をもらい、やり取りから元気ももらえます。
(注)大学教員に与えられる研究休暇、在外研究の制度のこと
未来の研究者たちへ
ー研究者になる上で持っていた方がいい心構えや、頭の使い方について教えて下さい。
心構えについてですが、国際政治を分析する上では、理想と現実の双方の視点が重要ですが、私はこの視点を国際政治の研究だけではなく、自分の生活にも繋げていました。
博士課程を3年で絶対に終える、という理想は捨てずに、それでも日々の研究活動は地に足つけて着実に続ける。当然辛いこともあった中で、修士課程、博士課程を離れ、論文を提出することができたのも、理想と現実の双方の視点を持って研究に臨んでいたからだと思います。
また、頭の使い方についてですが、様々な資料へのアンテナが求められると考えています。博士課程を離れ、大学などの研究機関に所属するようになると、業務のため、研究の時間がどうしても少なくなります。それでも研究者の基本は色々な資料や論文を読み、考えることですので、その軸を維持し続ける努力が必要です。
キャリア選択のアドバイス
ー最後に、学生へキャリア選択のアドバイスをお願いします。
世の中を見た時、脅威は多様化しており、その分必要とされている職種は多様になっていますし、色々な分野の人が世の中に貢献できます。
不安定なところには進みにくいというのは確かにあります。ただ、好きということをキャリア選択の際には大切にしてほしいです。好きの対象が不安定なものだとしても、理想を捨てずに、それでも足元に広がる現実は一歩ずつ固めながら、自分が歩みたい道を進んでいく人には道は開けると思います。
結びに
今回は、東京都立大学教授の詫摩佳代先生から、研究者としてのキャリアについてお話をいただいた。
理想は捨てずに、それでも足元の現実を固めながら、好きな道を歩み続けること。
詫摩先生の言葉は、進みたい道が不安定な道である人へ、改めて大切な視点を気づかせてくれるものだった。