「あなたはどのようにして進学先を決めましたか?」
多くの東大生が1度は頭を悩ませる、進学選択(通称「進振り」)。
——何を基準に学部・学科を決めれば良い?どんな手段で情報を集めれば良い?自分の興味・関心にどう向き合えば良い?
そんな疑問を抱く東大生に寄り添うべく、悩み抜き、考え抜いて進学先を決めた先輩たちの経験を発信する連載「進振り体験記」!
今回は、理科一類から 理学部数学科に進学した学生の体験談です。
1. 基本情報
今回、体験をシェアしてくださった方の基本情報は以下の通りです。
◯名前:△さん
◯出身科類:理科一類
◯進学先:理学部数学科(詳細:こちら)
2. 高校時代
高校生であったときの私は物理学に惹かれていたので、将来はなんとなく物理系に行こうかなと考えていました。
物理学を学び始めると、今まで感覚でしか捉えることができていなかった現象が数式で捉えられて、世界が自分のものになったかのような全能感を感じることができたのだと思います。あらゆる自然現象に通ずるその普遍性も大きな魅力でした。
といっても、基本的には、面白い学問を楽しみながら学んでそれを強みにできればよいと考えていたと思います。
また、高校3年生のころから「未来の自分の心の動きを推測することで総合的な幸福度を最大化すること」を理想とする行動原理を打ち立てていたと思います(もちろん実際にそこまで合理的な行動はできるはずもないですけれど)。この考え方が後の選択にも影響していると考えられます。
ただし、当時は進振りについては特に意識していませんでした。
3. 浪人時代
高3での大学受験に落ちた私は、予備校で、受験に関係する分野を学んでいました。このとき、数学に関する思考の枠組みを予備校の講師の方から吸収していたと思います。顕著なものでは「定義に遡って考える」「原理から全て導く」といったものです。これらの考えは私にはとてもしっくりきました。
今まで混沌としていた私の中の数学の世界は、出発点を根とする木の形に整理され、秩序だった調和の世界になったのです。
この頃に興味が物理学から数学に移ってきていましたが、どちらにも興味がありました。興味分野としては言語学や心理学などもありましたが、主な興味は数学や物理学にあったので東大は理科一類で受けました。
4. 前期教養
晴れて東大に受かった私は、進学先について確固たる考えを持っていませんでしたが、入学後早い時期から基本平均点を高める戦略を練り始めました。基本平均点を高めることで将来の選択の幅を広げることができ、また、基本平均点を高めようとする過程で身に付く教養は、私の幸福に寄与するだろうと考えていたからだと思います。
前期教養で受けた講義の中では物理学の講義や基礎物理学実験がありました。その講義を受ける中で、物理学は、ともかく現象を大切にするということを認識しました。
物理学の楽しさを感じる一方で、大まかに言えば「理論の整合性よりも実際の現象の方を重視する物理学は、数学ほどは自分に向いていないのかもしれない」というようなことを感じていました。なぜなら、私は私自身が、数学の形式的な操作により妥当性を検証できるところに安心感を抱くような性格であることを認識していたからです。
また、前期教養で受けた化学や生命科学の講義では、数学が物理学だけでなく、化学や生命科学にも生かされていることが実感できました。
私たち(主に理学系の人々)が、私たち(この宇宙で生まれた人々)が生を受けたこの自然の世界を捉えようとするとき、しばしば自然の世界を物理学で捉えるのが適切な階層(ないしは範囲)や、生命科学で捉えるのが適切な階層(ないしは範囲)などにおおまかに分けて捉えたりする(また、理論が有効な範囲を定めることで、理論を適用することの妥当性を担保している)のですが、自然のどの階層を捉えるにしても、そこになんらかの数理的な構造を見出すことで自然の振る舞いを記述できるような希望を感じ、数学の普遍性を強く感じました。
私は、私が数学をする本質的な意義を「ただその営みが快感を生むから」以外に得ることになったのです。
5. 数学科の進学ガイダンス
数学科への進学の可能性を考えていたので、2Sセメスターには数学科の進学ガイダンスを受けに行きました。進学ガイダンスは駒場の数理科学研究科棟で行われるのですが、数理科学研究科棟の内装が面白いと感じたのが記憶に残っています。
廊下には面白そうな絵が飾ってあり、その下には数学的な説明がついていました。奥に進むと、階段や廊下が不思議な形で入り組んでいてふわっとした感覚に包まれ、新鮮な気持ちになりました。お手洗いには合わせ鏡が設置されているため、果てなく続く洗面所を見ることができ、これは無限を内包する対象に日々思いを馳せている、数学を愛する者への心遣いにも感じられました。
ガイダンスの内容は、数学科全体としての説明と、代数、幾何、解析、応用数理の教員の方によるそれぞれの分野の説明で構成されていました。数学科進学を迷っている人へのアドバイスとして、読むとよい本の紹介もあったと思います。
6. 進振り
数学系の学科で学べることは、他の学科に比べ、知識が直接仕事に結びつくという意味での実用性に欠ける印象を持っていました(実際にそうかはわかりませんけれど)。それでも数学系がよさそうだと考えていたのですが、それは「興味にしたがって学科を選ぶのがよい」と判断したからです。このように判断した要因としては、家で父に「外発的な動機ではなく内発的な動機を考慮して学科を選ぶべきだ」という主旨の言葉を掛けてもらったからというのが大きいです。父のこの助言は至極適切であったと思います。というのも、私は自分の興味の強さによって、学習意欲と、学習しているときの満足感が大きく変わるタイプだからです。
数学系の学科には理学部数学科、後期教養の統合自然科学科の数理自然科学コース、工学部計数工学科の数理情報工学コースがあります。数学を学びたいのであれば、数学科を選べばその条件を満たすのですが、もちろんのこと他学科にも魅力があるので進振りの前には他の2つの学科についても調べていました。しかし、計数工学科の数理情報工学コースは点数が足りなそうだったのと、代数や幾何をやる場合には統合自然科学科よりも理学部数学科の方がよいということを聞いていたので、やはり数学科がよいだろうと考えていました(当時は解析はあまり好きではなかったので、進むなら代数か幾何の方面になりそうだと考えていました)。
数学科に進むとなったときの不安として「自分の精神の主な居場所が、現実の世界から抽象的な数学の世界に変わることで、考え方の根本的な傾向が現実から離れ、好ましくない変化を遂げるのではないか」というものがありました。これについては数学科にいる現在の私もしばしば見直すべき事柄だと思います。今のところ問題は生じていませんが、念のため数学以外の学問にも時折触れることでバランスを取りたいと思っています。
形式言語が好きだったので理学部情報科学科にも興味がありましたが、プログラミング経験が少なかったので厳しそうだという推測をしていました。2Aセメスターの選択科目では情報科学科の講義「形式言語理論」を取ることができたので、それは嬉しかったです。
7. 2Aセメスター
2Aセメスターでは数学科の持ち出し科目と理学部の他学科の科目を取っていました。数学科の持ち出し科目で特に印象に残っている「集合と位相」「集合と位相演習」についての話をしてみます。
この2つの講義は同じ先生が担当しており内容も対応しています。これらの講義では豊富な具体例を通して抽象的な概念を身につけることが重視されており、楽しかったです。
演習の方の講義では、先生に私の直観の間違いを指摘していただき先生と議論したときがありました。その議論の中で「実際の数学的な対象の振る舞いと自身の直観との間の齟齬を誤魔化すことなく、とことん対象の振る舞いを追究することで感覚を精緻化していく」という姿勢を学ばせていただき、独学では得難いものを得ることができました。
私はそれまで数学をする上で、直観を重要なものだとわかっていながらも、数学の形式の部分を特に重視していたのですが、数学をする際には、(形式的な)論理と、(身体感覚に通ずる)直観の双方が、互いに補完しあって、足元を固めながら前進していくことを改めて認識することになりました。
2Aの全体的な話をすると、2Aは思ったよりずっと忙しかったです。2Aが来る前は「2Aは必修が9コマしかないので、負担が軽く暇になるはず」だと思っていました。しかし、実際は1コマ1コマの内容が濃密であるため、内容を理解し、しっかり定着させ、活用できるようにするために必要な自習時間は前期教養の科目よりも多く、余裕はなかったです(私より優秀な人はそんなことはないかもしれません)。
8. アドバイス
数学科に進学するか迷っている方は、まずはしっかりとした数学書を読んでみることをお勧めします。数学に興味がある友人と同じ本を読んで議論するのが、勘違いを正したり、理解を深めることができるという意味で、理想的だと思います。
数学書といっても何があるのかわからないという方は、教養の線形代数学や微分積分学の講義の指定の教科書でもいいと思いますし、数学科の2Aセメスターの持ち出し科目の指定の教科書(やそれに類する本)でもいいと思います。群論の本でもいいと思います。
ある特定の数学的な概念が定義されていることの「嬉しさ」(意図、ないしは恩恵のことを指している)がわからなくなったら、志賀浩二先生が書いた数学30講シリーズ(朝倉書店)は、(1人で読めるように丁寧に書かれているので友人と読むのに向いているかは微妙ですが)数学の概念の気持ちの部分をわかりやすく説明してくれているよい本だと思います。
あなたが知っている数理科学研究科の教員の方にお勧めの本を聞いてみるのもいいかもしれません。進学ガイダンスも活用しましょう。
9. メッセージ
進学先というのは自らの人生に大きな影響を与えるわけですから、多くの人は迷うと思います。自らの性格や思想をよく考えて選択をするのがよいと思います。
学科を決めてしまえば、あとは「その選択をしてよかった」と思えるように、研鑽を重ね、そこでしかできない貴重な経験を集めていけばよいです。
深刻になりすぎずに、でもしっかりと考えて自分の納得のいく選択ができればいいですね。