UT-BASEがお送りする「後期課程の歩き方」(学部学科紹介)は、後期課程での学生生活を紹介しています。しかし、今この拙文をお読みいただいている好奇心旺盛・頭脳明晰・明鏡止水な読者の皆様は「どんな雰囲気かは分かったけど、具体的に何が学べるのだろう…?」とお思いのことでしょう。
そこで!!「学部学科紹介イカ東edition」つまり、後期課程の本学学生が学ぶ学問領域を"エンジン全開"で語り倒す企画を実施させていただきます!
一端の学部生が書いているので学問的誤りがあるかもしれませんが、学問の雰囲気を掴んでいただくことを趣旨としておりますので、どうぞ間違いには優しく目を瞑るか、そっと教えていただくよう、よろしくお願い致します。
さて、本記事は「東大で学部学科名が一番長い」なことで有名な教育学部教育実践・政策学コースについてです!教育実践・政策学コースのtomiiがお送りいたします。お楽しみあれ。
また、教育学部の教育実践・政策学コースの制度や学生生活は、UT-BASEの学部学科紹介ページをご覧ください。
[正式名称]教育学部総合教育科学専攻教育社会科学専修教育実践・政策学コース
教育実践・政策学コースと聞いて、何を勉強しているのかパッと分かる方は少ないでしょう。教育学部のHPには
教育実践・政策学コースは,教育という現象あるいは作用の本質を「現場」と「制度・政策」の関係を通じてとらえる研究領域です。
とあります。
ピンときませんね……!しかも、「現場」と「制度・政策」が学問として両立するかも怪しそうですよね?
他のコースと違って、コース名でイマイチよく分かってもらえないのが悔しいので、この記事では本コースで学べるものを一からじっくり紹介していきます!
#1 どこが「現場」?
「教育現場」で真っ先に思い浮かぶのは、学校現場でしょう。
しかし、学校教育だけが教育ではありません。
例えば、図書館や博物館も教育活動の一部ですし、学生が塾に通うのに加えて社会人になってから習い事をするのも教育を受けていると言えます。様々な形態の教育が社会にあふれているのです。
教育実践・政策学コースは、「現場」を次のように定義しています。
「現場」とは、(1)保・幼・小・中・高で展開される教育実践、(2)地域や公民館・図書館・博物館・文化ホールなどの施設で行われる文化活動や社会教育活動、(3)教育法や教育制度、(4)教育委員会や文部科学省の行財政政策、そして、(5)地域における市民の自主的、相互的な学びの実践と場、(6)民間の生涯学習や職業教育、遠隔教育などの教育事業、(7)メディアやインターネットを通じた情報環境がもつ不定形の教育作用など、多様な形態のものを意味しています。
(東京大学教育学部HP「教育実践・政策学コース」)
教育実践・政策学コースでは、上記の多様な「現場」それぞれに対して個別の手法をとる他コースとは異なり、自由なアプローチをとって勉強します。
#2 教育実践と教育政策は両立しうるのか?
先ほどから「教育実践」という言葉が何度かサラッと登場していますが、ここできちんと定義しておきます。
「教育実践」とは、「学校における日常的な教育的営為を指す言葉」(小国、2014、p.144)[1]です。
さて、コース名にある、「教育実践学」と「教育政策学」がどのような関係になっているのか学校現場の視点からみていきましょう。
次の写真を見てください。
(写真:教室 出典はコチラ)
これは学校の授業中の教室の写真ですが、「教育実践」と「教育政策」がいたるところに潜んでいます。以下で具体的にみていきましょう。
【教師】
幼・小・中・高の教員は、原則として学校の種類ごとの教員免許を取得しなければなりません。これを免許状主義と言い、教育職員免許法によって規定されています。教育法については、教育社会科学専修の「教育法」の講義で詳しく勉強できます。
ちなみに、東大ではほぼ全学部において教職課程を履修することができ、中・高の免許取得が可能です。
教師は、授業準備・授業・振り返りなどを通した授業デザインを行なっており、そのそれぞれにおいて「教育実践」や「教育政策」の側面がみられます。
教師は授業前に授業準備をします。
教材研究の際に忘れてはならないのは学習指導要領です。各学校種・各教科ごとに目標や教育内容が定められています。
学習指導要領は学校教育法施行規則にもとづいて定められているため法的拘束力(強制的に従わせる正当な力)があり、特に教科書検定の際には強い影響力をもちます。10年に1度は改定されるので、そのたびに教師は教員研修などで改定内容などを学んでいるのです。
学習指導要領については、教育実践・政策学コースの「教育課程論」や教職関係科目の「教育課程Ⅰ」で、その変遷や特徴について学べます。
また、教材以外にも、教授法研究も必要です。教育社会科学専修の「英語教授法・学習法概論」や教職関係科目の各教科教育法の授業を履修すると、より深く知ることができます。
授業は、計画・準備通りに進まないこともあるでしょう。生徒とコミュニケーションをとりながら、授業をリアルタイムでデザインし続ける力が教師には求められています。
授業後は、授業についての振り返りや校務を行います。
時間に余裕のある学校では、校内研修や普段の授業で教員同士が授業を見ながら、能力向上を目指しているところもあります。
授業以外の校務は、生徒指導や部活動などの学校経営の仕事があります。「日本の教師は多忙だ」と言われ続けて、最近になって「教員の働き方改革」が推し進められています。部活動の指導は外部の民間人に任せる、などの案はありますが様々な要因で導入が難しいのが現状です。
学校経営に関して勉強したい人は教育実践・政策学コースが開講している「教育行政・学校経営演習」「教育行財政学」を履修してみましょう。
【学習者】
授業に参加する学習者(生徒)は、必ずしも教師と同じ授業観をもって臨んでいるとは限りません。
学年が下であればあるほど、学習者は挙手せずに自由に発言し、ときには雑談もするでしょう。言語で表出されるものを「発話」と呼びます。教師の問いかけなどに対し、きちんとした文で返すか、それとも言葉につまりながら思考しながら発話するか。標準語で話すか、方言で話すか。授業や問いかけに関係のある・ないことを話すか、両義的な内容を話すか。授業をよく観察することで、私たちが「発言」「雑談」とくくっているものが新たな側面を見せてきます。
例えば、「よく形成され磨かれ」た『最終稿(final draft)』(Barnes、1992、p.108-109)[2]のような話し方(発表的会話)に対し、「言い淀みや躊躇、仮説的な表現を含んだ不完全な話し方による発言」(一柳、2013、p.15)[3]を「探究的会話」と呼びます。
発表的会話は、文科省が学習指導要領で目指しているような論理的で明確な話し方に近く、聞き手から評価されやすいです。一方で、探究的会話は発言者が発話しながら考えや意見を模索しているため、「論理的でなく伝わりにくい」とされることが多いです。
しかし、実は「探究的会話」は授業における様々な対話的な関係性(他の学習者、教材、教師など)との相互作用の中で生まれており、教師が「探究的会話」を多く引き出すことで授業の濃度が高まっていくのです。
教師→学習者という従属的な関係で捉えがちですが、学習者を能動的に捉え直すことで、授業は教師と学習者の相互関係でデザインされていることが分かります。
教育実践・政策学コースが開講している「学校教育学概論」「教育方法学演習Ⅰ・Ⅱ」や教職関係科目の「教育の方法Ⅰ」で学べます。
【学習対象】
多くの授業では教科書を使います。私たちから見て単なる同じ教科書であっても、教師の教材解釈はそれぞれ異なります。また、学習者にとっても同様です。教師の指示にもかかわらず、他のことに気を取られてしまうこともあり、個々の学習者にとってその学習対象の重要度は異なります。
教師ー学習者だけではなく、学習者が学習対象とどう向き合っているか、その関係も授業デザインに含まれます。
【教室空間】
「教室」という物理的空間の中にも複数の要素が含まれます。一つずつ見ていきましょう。
1学級における生徒数は決まっています。2020年12月あたりに現在の40人学級から35人学級へと、小学校の少人数学級への兆しが見えてきました[4]。この動きの要因はコロナ対策の「3密回避」だそうですが、「少人数学級の方が教育効果は高い」とした文科省主導のEBPM(Evidence Based Policy Making: エビデンスにもとづいた政策立案)が発端です。EBPMは、医療分野におけるEBM(根拠にもとづく医療)から派生したもので、日本の教育においても海外にやや遅れをとって近年取り入れられるようになってきました。
EBPMやその分析方法について専門的に知りたい人は、教育社会科学専修の「教育政策研究方法論」をとってみましょう。
1コマにあてられる時間も学校によって決まっています。「1コマ◯分」と聞くとまるで一直線で量的時間のように思えますが、個々の学習者あるいは教師にとって、それは流れや速度が変わるような質的時間です。
構成員が固定されていることも教室空間の特殊性の一つです。教室は、多様な人間が社会的関係を形成し維持する場でもあります。それゆえ、集団形成・維持のための明示的・暗黙的な規範が存在しています。
例えば、前掲の写真では生徒は皆座って前(教師あるいはホワイトボード)の方を見ていますが、ある生徒が立ち上がって前へ行くとどうでしょうか?「ホワイトボード付近は教師の領域」という暗黙の事実への“逸脱”が可視化されますよね。
このように、教室内には多様な人間が存在しているはずですが、普段私たちは同量・同質の教育経験を保証することを前提にしています。教室空間という閉ざされた社会的環境がそれに関与していると言えます。
具体的に勉強したい人は、教育実践・政策学コースが開講している「学校教育学概論」や教職関係科目の「教育の方法Ⅰ」で学べます。
[1] 小国喜弘(2014)「『教育実践』の歴史性ー戦後教育の転換に焦点をあてて」『東京大学大学院教育学研究科 基礎教育学研究室 研究室紀第40号 p.143-153
[2] Barnes, D(1992)"From Communication to Curriculum" (2nd Ed.). Portsmouth, NH: Boynton/Cook-Heinemann.
[3] 一柳智紀(2013)「児童の話し方に着目した物語文読解授業における読みの生成過程の検討ーD.バーンズの『探究的会話』に基づく授業談話とワークシートの分析ー」『教育方法学研究』第38巻 p.13-23
[4] 産経ニュース「小学校、全学年で35人学級に 令和7年度までに 中学校は今後検討」
#3 コース名だけからは見えないもの
#2のセクションで教育実践学と教育政策学について、学校現場からお話ししましたが、#1のセクションで教育実践・政策学コースが規定していた「現場」は他にもありました。ここでは、他の「現場」はどのように研究されているかをご紹介します。
【文化活動】
(写真:ルーブル美術館 出典はコチラ)
図書館や博物館は、ただのハコモノに見えるかもしれません。しかし、それぞれに個別の学問が割り当てられています。図書館は図書館学あるいは図書館情報学、博物館や美術館は博物館学という学問です。
教育実践・政策学コースは司書や学芸員の資格取得のための授業を開講しています。
興味のある方は、教育社会科学専修の「博物館学特別研究」「博物館教育論」「博物館概論」「図書館・博物館情報メディア論」「情報サービス論」「図書館情報経営論」「図書館文化史」「読書教育論」「読書と豊かな人間性」「情報組織論演習」、教育実践・政策学コースの「情報資料論」を履修してみましょう。
【社会教育・生涯学習】
「教育」は教える者と学ぶ者に分かれます。
「教育」は「家庭教育」「学校教育」「社会教育」にさらに分類されます。「社会教育」は具体的に、識字教育、夜間学校、大学の公開講座や民間の通信教育などを指します。ですので社会教育学は、主に比較教育社会学コースが扱う教育社会学とは別物です。
「学習」は学ぶ者のみによる行為です。つまり生涯学習は、生涯においてその人自身が学ぶ行為のことです。例えば、読書、スポーツ、ボランティアなどです。
教育実践・政策学コースは社会教育主事のための授業も開講しています。教育社会科学専修の「社会教育経営論」「社会教育学演習Ⅰ・Ⅱ」「生涯学習政策論」「社会教育経営論」や教育実践・政策学コースの「社会教育論Ⅰ・Ⅱ」「社会教育学演習Ⅲ」があります。
【テクノロジーと教育】
近年、AIを活用した教材やテスト、さらにコロナ禍で学校現場においてもオンライン授業が導入され、テクノロジーが教育現場に急速に進出しています。EdTech(Education+Technology)という語もあるほどです。教員は、教員研修などで使い方や活用法を習得しようと必死になっていますが、教育におけるテクノロジーの可能性は未知です。
また、これらの活用で利便性や効率が上がるのは良いことですが、「学校に通う意義」「人(教師)に教わる意義」など、今まで意識されなかった部分について目を向ける必要性も生じてきます。
詳しく知りたい人は、教育社会科学専修の「学習環境のデザイン」を履修してみましょう。
おわりに━━ 結局ごちゃ混ぜ?
ここまで読んできて、「教育実践・政策学コースって分野がごちゃ混ぜじゃん」と思った方。その通りです。研究対象それぞれに即した現実的で自由なアプローチをとるがゆえに、他コースでは扱っていない分野を多く包含することになります。
あまり知られていないことかもしれませんが、進学選択において教育実践・政策学コースは教育学部内で全科類枠が最も大きいです。
教師ではない視点から授業を観察したい。
図書館をよく利用していたから、図書館についてもっと知りたい。
アルバイトでテクノロジーと教育を組み合わせる仕事に携わっている。
ボランティアの経験から、コミュニティスクールに興味をもった。
多様な教育分野を研究しに、多様な背景をもつ人たちが集まる。とても素敵ですよね。
柔軟に教育を捉えてみたい方、理系の視点を教育に取り入れてみたい方、教育をマクロ・ミクロ両方でみてみたい方、お待ちしています。