UT-BASEがお送りする「後期課程の歩き方」(学部学科紹介)は,後期課程での学生生活を紹介しています。しかし,今この拙文をお読みいただいている好奇心旺盛・頭脳明晰な読者の皆様は「どんな雰囲気かは分かったけど,具体的に何が学べるのだろう…?」とお思いのことでしょう。
そこで!!「学部学科紹介イカ東edition」,つまり,東大生が所属学部で学んでいることを"エンジン全開"で語り倒す企画を実施することになりました!
一端の学部生が書いているので学問的誤りがあるかもしれませんが,学問の雰囲気を掴んでいただくことを趣旨としておりますので,どうぞ間違いには優しく目を瞑るか,そっと教えていただくよう,よろしくお願い致します。
さて,本記事は「五月祭のうな丼が超人気」なことで有名な農学部応用生命科学課程水圏生物科学専修についてです!小学生の頃実家の庭にビオトープを作り,そこに出現するプランクトンを観察してきた桑田がお送りいたします。お楽しみあれ。
また、「水圏」の制度や学生生活は、UT-BASEの学部学科紹介ページをご覧ください。
海は広いんだよ!?
地球上の海洋と陸地の割合はおよそ7:3であると言われています。しかし農学部の中において水圏環境を扱うのは基本的に我々水圏生物科学専修だけです。しかも一学年たったの20人足らず。研究テーマのネタが尽きることはあと数百年はないでしょう。海洋・水産分野全体で見てもまだまだわからないことだらけです。それは人間が直接観察しにくい環境であるがゆえなのですが,だからこそ我々の知らない世界の一端がわかったときには大いに感動するものです。
今回は水圏の授業で学ぶことに触れつつ僕の興味の話もしていきたいと思います。#1と#2では,「水圏環境科学」の授業で学ぶ海のメカニズムを,#3では「浮遊生物学」で学べるプランクトンなどについて紹介します。
#1 海は繋がっている!?
海は全世界繋がっています。それは世界地図を見るとすぐにわかります。しかし実際の海の中の様子をみてみると,実はそうではないのです。少し考えてみればわかりますが,海が繋がっているからといって全ての海域に一様に魚がいるかというとそうではありません。温かい海域を好む種もいれば冷たい海域を好む種もいます。
水温が同じであれば同じ種がいるかというとそうではありません。同緯度であれば水温はほとんど同じと考えて良いですが,実は広大な太平洋の真ん中にはあまり魚がいないのです。
なぜかというと植物プランクトンの栄養となる窒素やリン,鉄など(栄養塩という)が枯渇しているからです。栄養塩は基本的に陸からしか供給されないので,大洋のど真ん中では植物プランクトンが増えられず,その結果それらを食べる魚類も数が少ないのです。もちろんクロマグロなど大洋のど真ん中で生活する種もいますが,そのような種も幼魚のときには餌の豊富な沿岸で育つことがほとんどです。
実は栄養塩の状況も場所によって様々で,赤道付近では高水温によって植物プランクトンの増殖が速くなり,窒素やリンが不足しますが,太平洋亜寒帯域では窒素やリンはあるものの陸地から遠いため鉄が不足しています。ちなみに太平洋の真ん中に鉄を散布したら植物プランクトンが増殖したという大規模な実験結果もあります。
このように海洋というのは地理的には繋がっていながらも,実際のところ局所的な環境の集まりだと考えることもできます。
#2 それでも海は繋がっている
先ほど海は局所的な環境の集まりだと言いましたが,それでも繋がっています。海の中には大きな流れがあり,海水は絶えず動いているのです。それを駆動しているのが水温や塩分,地球の自転などの物理的な力です。海水の流れに関して少しお話ししましょう。
寒い海域において海氷ができるときには,塩分の低い水が氷を作ろうとするので塩分の高い水が排出されます(ジュースを凍らせたときに氷の部分が薄いのと同じです)。そしてこの高塩分の海水は高密度なので沈降します。北大西洋極域(グリーンランドのあたり)で海氷が形成されるときに沈み込んだ深層水は南下して南極海とオーストラリアの東側を通って北太平洋で表層に湧昇し,インド洋を通って大西洋に戻る大きな海水の循環があります。これを深層大循環と言います(下図)。
引用:Broecker, W. S. (1991). The great ocean conveyor. Oceanography, 4(2), 79-89.
この海水の大移動は1500〜2000年あるいはそれ以上というスケールで起こっていると言われています。我々が到底感じられるスケールではありませんが,実は日本人をはじめ北太平洋近くの人々はその恩恵を受けているのです。どういうことなのでしょうか?
光が当たる表層は植物プランクトンが増殖しやすく,すぐに栄養がなくなってしまうので基本的には貧栄養です。そしてその生物の遺骸や死骸は海底に沈み,分解されてまた生物が使える形の栄養に戻るので深層は富栄養です。暖かい水は上昇し,冷たい水は下降するので,深層の冷たい水がひとりでに浮き上がってくることはありません。
しかし地球上には風やその他の力により深層から海水が上がってくる場所があります。そのような場所を湧昇域というのですが,湧昇域では光がある表層に栄養もたくさん供給され続けるので,植物プランクトンが増えやすい海域となっています。
そう,実は北太平洋は先ほど説明した深層大循環が湧昇する海域なのです。大きな海水の流れが豊富な栄養を運んできてくれるので,北太平洋はとても生物生産の高い海域なのです。実際我々に身近な魚が多く獲れる漁場です。その中でも北西太平洋はロシアと中国の国境を流れるアムール川からも豊富な栄養塩が運ばれてくるので,世界でも有数の漁場となっています。北西太平洋は全海洋の6%の面積しかないですが,世界の漁獲量の27%を生み出しているとも言われています。
さらにさらに小学生の頃から習っているように日本近海特に三陸沖は暖流の黒潮と寒流の親潮が合流する潮目なので,いろんな魚が獲れます。
いかがだったでしょうか。海が繋がっていて海水が動いているおかげで我々は量・数ともにとてもたくさんの魚を食べられるのです。これはとてつもない日本人の特権です。日本にいて水圏の研究をしないわけにはいかないでしょう。しかしこれでもまだ日本近海の豊かな魚類生産を説明しきれない部分があります。ぜひみなさんにも加わっていただいて解明していきましょう。
#3 きれいな海は好きか!?
突然ですがクイズです。「黒・青・緑・赤・白」と聞いて連想されるものはなんでしょう。正解は各色の下に「潮」がついた熟語である黒潮,青潮,赤潮,緑潮,白潮です。どれも生物が関わっているのですが,この5つの中で1つだけ状況が違うものを選ぶとすればなんだと思いますか?
僕の想定解は黒潮です。黒潮は先ほども出てきましたが,フィリピンの方からやってきて日本の南の温暖な海域を流れる海流です。カツオなどの美味しい魚がやってきますね。また,沖縄の美ら海水族館にはジンベエザメやマンタ(オニイトマキエイ)が優雅に泳ぐ「黒潮の海」という大水槽があります(この水槽のアクリル板は僕の出身である香川の中小企業「日プラ」が作っています!)。透き通った水が綺麗ですよね。
空から見ると海流が黒く見えるから黒潮と呼ばれるのですが,ではなぜ黒く見えるのでしょうか。実は今までのお話の中にヒントがあります。
(左方の沿岸の水と右方の黒潮との境界。出典はコチラ)
正解は植物プランクトンが少ないからです。お話ししてきたように,黒潮は亜熱帯地域から流れてきますが,温かいところは生物が増殖しやすいのですぐに栄養が枯渇してしまい,日本の近くにやってくる頃にはほとんど栄養が残っていないのです。そのために黒潮は透明度の高い水になっています。
私たちが水族館でみるのには綺麗で澄んだ水が良いなと思いますが,果たして魚たちはどうなのでしょうかね。同じことはもっと身近なところでも言えます。ため池やみなさんのお家にある金魚やメダカの水槽の水はできるだけ透明な方が見た目が良いと思っている人がいるかもしれませんが,中にいる生き物たちにとってそれは...?そんなことを考えてみるのが水圏環境の理解への第一歩かもしれません。
話を「潮」に戻しまして,他の4色は何でしょうか。先ほどの黒潮と違って,青潮,緑潮,赤潮,白潮はどれも生物の大量増殖によるものなのです。さらにこの4つの中でまた1つだけ状況が違うものを選ぶとすればなんだと思いますか?
僕の想定解は青潮です。青潮について説明する前に,その他の3色について説明しましょう。
緑潮,赤潮,白潮はどれも植物プランクトンの大量増殖によるものです。瀬戸内海沿岸や内湾近くの出身の方なら赤潮は聞いたことがあるかもしれません。大量に発生する植物プランクトンによって緑色になったり赤色になったり白色になったりするわけです。
緑色は緑藻やシアノバクテリア,赤色は渦鞭毛藻,白色は円石藻が増えたときに着色します。特に円石藻は聞き馴染みがないかもしれませんが,炭酸カルシウムの殻を持つ植物プランクトンで,ドーバー海峡の白い崖は中生代白亜紀に円石藻が大量に発生し,蓄積したものだと言われています。
(ドーバーの白い崖。Immanuel Giel, CC BY-SA 3.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0, via Wikimedia Commons, https://commons.wikimedia.org/wiki/File:White_Cliffs_of_Dover_02.JPG )
淡水でも,ため池で水が緑色になっているのを見たことがあるかもしれませんが,それもほとんどはシアノバクテリアの大量増殖です。淡水の場合は「アオコ」や「水の華」と呼ばれます(実はアオコと水の華は別の用語で,水が着色したものを水の華,中でも水面が緑の粉を撒いたりペンキを撒いたりしたような状態になっている状態をアオコと言います)。
井の頭公園に発生したアオコ。2018年8月7日筆者撮影
なぜ大量に増えるかというと理由は簡単で,栄養がたくさんあるからです。赤潮やアオコと聞くと環境問題と直結して考える人もいるかもしれませんが,実は自然界で普通に起こり得ることです。藻類の大量発生が起こっても動物プランクトンに捕食されたり波で撹拌されたりしてすぐに収まることが多いのですが,しかし最近は人間活動によってその頻度や規模,影響が大きくなっているのが現状です。先ほどの3色の中でも特に渦鞭毛藻によって引き起こされる赤潮は毎年各地で大きな影響を及ぼしています。
藻類の大量増殖(花が咲くことに擬えてブルームと呼びます)は動物プランクトンや小型魚類にとってみれば餌が増えるので万々歳かと思いきや,規模が大きくなりすぎると実はそうでもないのです。
第一に,増殖する藻類のほとんどは数μmから数十μmなので,魚類のエラに詰まり,窒息しやすくなります。
次に,藻類は日中は光合成をして水中に酸素を供給しますが,飽和溶存酸素量の関係で全て溶けることはできず,夜にはその酸素を全て使い果たすほどに全体としての呼吸量も多くなります。魚などがそれに巻き込まれると酸欠になってしまいます。
また,先ほど挙げた渦鞭毛藻の中には毒素を生産するものもいます。魚が毒素によって直接斃死することはあまりなくても,例えば貝に蓄積して麻痺性貝毒や下痢性貝毒を引き起こしたりします。
このようなことは沿岸で魚介類の養殖をしているとよく問題になります。さらにノリの養殖をしているところでは,大量に増える小さい赤潮の原因藻類が栄養を吸収してしまうため,同じ藻類であるノリの育ちが悪くなってしまう「色落ち」が問題となっています。近年の人間活動によって赤潮は頻発,長期化,大規模化しており,毎年各地で大きな被害を出しているのです。
それでは青潮の話に戻りましょう。青潮も生物の大量発生に起因するものですが,青色の原因は青い生物が増えるからではありません。海の有機物が増えることによって発生するものです。先ほどのような生物の大量発生が起こったり,河川から大量の有機物が流入したりすると,それらはやがて沈降して海底に堆積します。初めは好気性細菌によって分解されるのですが,やがて酸素が枯渇し嫌気的な状態で有機物が分解されると硫化水素が発生します。それが対流によって表層にやってくると酸化され,硫黄や硫黄酸化物のコロイドとなったものが青潮の原因です。青潮も有害で,東京湾などで発生すると漁業被害をもたらし,悪臭を伴うことも多いです。
しかしこのように嘆いていても,結局のところ原因の大部分は人間活動にあるのですから,人間がそこを改めない限りは現状が続くだけです。ほとんどの人が唯一アプローチできる海洋である沿岸の生物多様性を豊かにすることは,私たちの食生活にも深く関わってきます。また沿岸は釣りや海水浴などレクリエーションの場としての機能も大きいです。もちろん植物プランクトンも環境が整った時に大量に増殖する術を得て環境に適応してきたわけで,決して人間や魚をいじめるために増えているわけではありません。ただ僕は数種類の植物プランクトンだけが増えて他の動植物が生きていけない,人間の活動も制限されるような環境になることは避けたほうが良いのではと思っています。どんな海を目指すのか,それは我々人間が海を利用し続ける限り向き合わなければならない問いなのです。
おわりに
弊専修の研究対象は今回の話題の中心であった植物プランクトンから大型魚類まで様々です。また最近は僕の所属している研究室で海洋プラスチックに関する研究も行っています。手法としても,直接生き物を観察したり,物質を抽出して解析したり,遺伝子を読んだりしてアプローチは様々です。さらに大学院の大気海洋研究所まで含めると海洋の物理・化学環境を考えることもできます。しかし共通しているのはみんな目指すべき海の姿を持っており,それに少しでも近づくために研究を重ねているということです。最初に述べたように,海の研究はまだ日が浅く,現状を捉えることすら十分できているとは言えません。ただ,わかっていることを積み重ねて発信していくことで,研究者だけでなくより多くの人が目標をクリアにできると思っています。僕は植物プランクトンというとても小さな生き物の研究をしていくつもりですが,人間にとって考えずにはいられない存在であることがわかっていただけたのではないでしょうか。人間と海の関係を考えたい!という志を持つ方とぜひ議論を交わしたいです。